忍び寄る影−11

2004年8月8日
むなしい抵抗をあきらめてボロボロの布きれを身に着けた。
せめてもの抵抗に黒いキャップを目深にかぶった。
ポケットに金と携帯を押し込んで、部屋を後にする。

幸い廊下には誰もいない。階段を駆け下り、チャリに跨ると五丁目に向かった。
サドルに腰を落とすと、ロープがケツに食い込み痛みが増す。
チャリを漕ぐたびに全身が軋んだ。
30分も走るとファミレスが見えるところまで到着する。
時間は12時10分前だ。

歩道の暗い場所を探して、チャリを止めた。
金曜日ということもあり、人通りは多い。
路上の立て看板に身を潜めるようにしてファミレスの様子を窺う。
1階は駐車場で、2階がレストランフロアになっている。
壁全面がガラス窓で、真昼のようなまぶしい光りを辺りにまき散らしている。
客席には5組ほどの客が座っており、フロア係が忙しく店内を右往左往している。
こんなところに、こんな格好で。。。
我が身の不幸を呪うしかない剛であった。それを見越したかのように携帯が鳴った。

「ナニヲシテイル。サッサト、ハイレ。
 イチバンオクノ、キンエンセキデ、ユルシテヤロウ。
 キャップハ、ハンソクダガ、キョウハ、イイダロウ。
 ミセニハイッタラ、コーヒーヲ、チュウモンシロ。フタツダ。
 ツレハ、アトデクルト、イエバヨイ。アトデ、レンラクスル。」
ついに男が姿を現すのか?

人通りの合間を見定めて、チャリに跨り、ファミレスのチャリ置き場に滑り込んだ。
チェーンをするのももどかしく感じられる。
階段を駆け上がり、平静を装ってドアを押した。
俯き加減に前を見ると、フロア係の女の子が目を見開いて剛を見たまま凍り付いている。
オロオロとしながら、メニューを小脇に抱えて、喫煙席か禁煙席かを問う。
目のやり場がないといった感じだ。心持ち顔が赤く染まっているのが分かる。

幸いにも禁煙席に先客はいなかった。
席まで案内して注文を取ると、逃げるように厨房に向かった。
他の客は、彼の異常な格好に、まだ気が付いていないようだった。
入口付近で数人の店員がこちらを見ながら囁きあっている。
キャップのつば横からその様子を見て、剛は顔から火が出そうになる。
しばらくすると、チーフらしい男が2つのコーヒーを盆に載せやってきた。

一つを剛の前に、一つを「こちらでよろしいですか?」と確認して対面の席に置いた。
コーヒーを置きながらチーフは、ちらちらと剛を窺っている。
剛が上目遣いでチーフを見ようとしたとき、一瞬目が合った。
その目には驚きと蔑みの色が滲んでいた。
あわてて両者は目を逸らした。見てはいけないものを見てしまったように。
そして、お冷やのピッチャーを持って、コーヒーのお代わりを持っては、
違うフロア係が剛の席までやってきて、舐めるように観察していった。
彼は、ただただうつむいて座っているしかない。
コーヒーや水を飲むほど余裕がある筈はなかった。

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