溺れる魚−2

2003年11月24日
ビッグマンの前で男を捜す。
探す相手は、黒いアタッシュケースを持った黒縁メガネの40代の男。
中肉中背、黒のピンストライプのダブルのスーツ。
うーむ。あまり趣味が良いとは言えない。
目印はアンリシャルパンティエの紙袋。
いたいた。冴えない営業マンを想像していたのだが、
思ったよりスーツが似合う渋いおじさんだった。

「こんにちは。蒲田です。」
俺は黒スーツの男に挨拶をした。
静かな喫茶店に案内されて一通りの話を聞いた。
話とはこうだ。

彼が勤める東条製薬では画期的な薬品の開発に成功した。
東条製薬は業界で中堅と呼ばれる位置にある薬品会社だ。
テレビのCMや風邪薬の「LaLa」でお馴染みと言うわけだ。
その薬品は治検を進めている段階で、被験者を捜しているとのこと。
ただ、被験者といっても誰でもよい訳ではない。
薬品の特殊性から健康な肉体をもった青年でないとダメらしい。
それも運動能力がかなり発達した。
俺は体育大学の陸上部に所属する全国クラスの選手だ。
その潜在能力はオリンピックも夢ではないと囁かれているほどの実力だ。
素材としては申し分ないだろう。
薬品はドーピングに抵触しない筋肉増強剤だった。

俺はそれらの話を聞いて、興味をそそられた。
本来、薬品は病気の治療を目的として開発されるもので、
臨床試験とはいえ、何の疾病もない健康な人体に投与して良いものではない。
しかし、それは後になって知ることだった。
この時、俺にはそんな知識などなかった。
夏休みの2週の間、研究室に閉じこもって薬品の投与を受ける。
適当な運動と食事、そして検査を繰り返す。
薬品は安全性が確かめられており、何の副作用もない。
それどころか、ドーピングに抵触せずに筋肉の鎧を手に入れることができるのだ。
その上、協力金というおまけまで付いている。
それも学生の俺にとっては大金に近い金額だった。
俺は喜んで同意書にサインした。
ニヤリとゆがんだ男の口元と、光る目にも気が付かずに。

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