スリル−1

2003年9月10日
ブルゾンのポケットに手を突っ込み、何気なく辺りを窺った。
俺の動きに視線を送るヤツはいない。
当然、監視カメラや警備員の位置関係はチェック済みだ。

棚に並ぶ商品にわざと手をぶつけ、数個を床にばらまく。
拾って棚に戻す振りをして、素早くひとつを袖に忍ばせる。
すぐに立ち去るような愚は犯さず、ゆったりと店内を歩き、品定めするような振りをする。
少しずつ出口へと近づいていく。

平静を装っても心臓はバクバク鼓動を打ち、軽く握った掌には汗が浮かんでいる。
下手をすれば足が震えそうになるのを我慢して平然と歩く。
この緊張感とスリルがたまらない。

脳への酸素供給が滞っているのか軽い目眩を感じ、地に足が着かない雲の上を歩くような感じ。
高速で血液を全身に送り出しながらも、なぜか空回りする心臓の鼓動。
空気が粘つき身体にまとわりついて自由がきかない。
しかし、その窒息感も、外に出て、照りつける太陽に晒されると嘘のように消え去るのだ。
逆に爽快な空気が頬を撫で、急速に酸素が全身へと行き渡る。
緊張した面持ちも、成功した高揚感から自然と笑みに変わる。

もう少し。
誰も気付いていない筈だ。
俺を追う人影もない。
ちょろいもんだ。

 「お客様。ちょっとよろしいですか?」
突然、横から現れた男が声をかけてきた。
背の高いバタ臭い顔をした30前の男が立ちふさがる。
俺は怪訝な顔をして彼を睨み付けた。
そっと、右手に男の手が伸びる。

俺が袖に隠したものと一緒に俺の手首を掴み、『分かってるでしょう?』と言わんばかりの顔をした。
咄嗟に逃げようかと思ったが、俺の手首を掴んだ男の握力は、思った以上に強かった。
体捌きから武道のたしなみがあり、日頃から身体を鍛えているようだ。

俺は観念して、彼に引きずられるようにしながら店舗裏の事務所へと引っ立てられた。
血の気が引き、現実を拒絶して逃避した脳が真っ白になった。

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